


自由なジョブホッピングでチャレンジし続ける女性キャリアのフロントランナー
浦田有佳里さん
CompassionateNexus合同会社CEO、国のサイバーセキュリティ研究所参事、自治体CDO補佐官ほかPMI日本支部 理事
手に職をつけたいとIT業界へ就職したのち、大阪への転勤、結婚と出産、東京への単身赴任、多種多様な資格 取得、独立等を経て、現在は国の研究所やさまざまな自治体のデジタル戦略支援に従事。PMI日本支部では多様なコミュニティの立ち上げにも寄与しました。趣味はお酒、アート収集、そして仕事。
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偶然から始まったITキャリア、そしてPMへの道

複数の自治体でデジタル戦略支援を担う浦田さん。大学時代からIT系のルーツがあるかと思いきや、話を伺うとそうではありませんでした。大学では食品系の研究室に所属していたこともあり、周囲が選ぶ一般的な就職先は食品メーカーの研究職。しかし業界にはびこるジェンダーバイアスへの懸念や給与面の現実を考え、たまたま履修していたプログラミング言語・Fortran(フォートラン)の経験を活かして、IT企業に挑戦することに。
「プログラミングは全然わかりませんでした。でも同期にはピアノの先生やガソリンスタンド勤務だった人など多彩なバックグラウンドを持つ仲間たち、そしてかっこいい先輩に恵まれて」と、未経験でものびのびと金融系システム開発のファーストキャリアをスタートできたことが伺えます。
その後、大阪への転勤を機に本格的な開発業務に携わり、ホストコンピューターからオープン系、ウェブアプリケーションまで幅広い技術を習得していきました。
プロジェクトマネージャーへの転機は、新規案件が舞い込んだことでたまたま訪れました。自らがリーダーとなり、マネジメントしながら進めることになったのです。その後、アカウントマネージャーとして複数のプロジェクトを統括する中で、開発標準はあってもマネジメント標準がないことに気づき、PMBOK®と出会います。2004年にPMP®を取得し、2007年にはPMI日本支部のPM実践研究会の立ち上げに参加。その後、関西ブランチの設立にも尽力し、理事として組織運営にも携わるようになりました。

単身赴任、新規事業、そして自治体支援――変化を楽しむ働き方

新しいフィールドで自分を試したくなった浦田さんは、40代で東京への単身赴任を決断します。「プロジェクトマネージャとして面白い仕事ができない、給与をあげて土日は家事を担うことで家族を説得した」と朗らかに振り返ります。
週末は大阪に戻って家事を担当し、月曜日の始発で東京に向かうユニークな二拠点生活を続けました。「自由さか辛さか、どちらかしか選べないのであれば、私が選びたいのは自由でした」という言葉には、キャリアへの強い想いが表れています。
東京では独立行政法人のIT子会社でPMとして活躍し、その後、一区切りついたところでSIerに転職し、R&D部門やスマートシティ推進などの新規事業に携わります。そして、自治体へのデジタル人材派遣という新しいビジネスモデルに可能性を感じ、会社を辞めて個人事業として始動。現在は週の半分ほど国の研究所での仕事に携わりながら、複数の自治体のCDO補佐官やデジタルマネージャーとして活動しています。
既存の枠組みにとらわれず、未経験分野に対しても柔軟な発想で接続点を探す浦田さん。県の循環型社会デジタルコーディネーターからCDO補佐官へ、日本全国、多様な自治体でデジタル戦略の策定や実行支援を行っています。
また、自由な行動力を表す顕著なエピソードとして、鍼灸師の資格を取得していることも明かしてくれました。ほぼ毎日、3年間も専門学校へ通ったことで「家族からは大ひんしゅくでした」といたずらに笑う浦田さんですが、新しい物事への探究心、そして妻でも母でもない、ひとりの女性としての自律心を感じます。

女性に伝えたいメッセージ――躊躇せず、新しい世界へ

