紙の三角形
石鍋和佳子さん

自分を信じ、他者を頼る、
しなやかなプロジェクトマネジメント

石鍋和佳子さん

インフォメーションサービスフォース株式会社

マネジメントを知ったから、仕事とプライベートの両立も「何とかなる」と思えた
もっと女性の活躍する社会へ。エンジニア・女性管理職のトップランナーの描く未来
自分を信じ、他者を頼る、しなやかなプロジェクトマネジメント

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文系出身のエンジニア、異国の地での驚きの体験

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エンジニアとしてのキャリアの長い石鍋さんですが、意外にも学生時代は文系で、日本中世史や江戸演劇史を専攻していたそう。
ゼミナールなど毎年成果を出すような環境下で、ロジカルに考えることに関してはしっかりと鍛え上げられたと言います。
「あなたならIT業界でもやっていける」と指導教官から後押しを受けた石鍋さんは、エンジニアへの道を進み始めました。

当時、技術革新でネットワークの世界は右肩上がりでした。
エンジニアは引く手あまたで、絶対的な人数不足!
研修もそこそこに現場にどんどん赴く中で、石鍋さんはネットワーク系のエンジニアとして経験を積んでいきました。
新入社員のOJTやチームリーダーの役割を引き受けることもありましたが、当時はマネジメントなどにはあまり関心はなかったと言います。

そんな石鍋さんに、転機が訪れます。
大病を患ったことを契機に、従来のようなパフォーマンスを発揮できなくなってしまったのです。
約20年間勤めた最初の会社を去った石鍋さんは、新たな道を模索します。

「次は別の分野の仕事をしたい」と考えていたところに届いた興味深いオファーを、引き受けることにした石鍋さん。
海外企業の現地採用のプロジェクトのため、ベトナムへ渡航しました。

赤信号でも車が停まらないような、日本とは全く異なる風土。
そんなベトナムでの暮らしは、石鍋さんの価値観に大きなインパクトを与えます。
「みんな、いい加減なんです(笑)。それなのに、何もかもが成立している。」
「もっと力を抜いてもいいんだと思うようになりました。」
ーーこの変化が、のちの石鍋さんの選択にも大きな影響を与えます。

プロジェクトの終了とともに帰国し、石鍋さんはこの会社を離れます。

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「昇進か、介護か?」両立を選んだのは、PMPと出会っていたから。

その後、インフォメーションサービスフォースへ就職し、現在7年目に入りました。
エンジニアであったりマネジメントであったりと、プロジェクトにより立場は流動的ですが、プレイングマネージャーとして動くことが多いのだとか。
かつてPMPを使うプロジェクトに携わったことをきっかけに、「こんなやり方があるんだ」と興味が湧いたと振り返ります。

キャリアを積む中で、ついに石鍋さんに課長にならないかという話が来ます。
ところが…
「母が、余命宣告を受けた頃だったんです」ーーお母さまとの暮らしを考え、石鍋さんは葛藤します。
しかし、オファーを受けることを決意しました。
「PMPのプロジェクトを経験した後だったので、何とかなるんじゃないかという気がしました。管理職としての仕事と母の介護を、両立してみようかなと思いました。」
「当時、女性の課長職はいませんでした。私が受けなければ、また数年間は女性の登用の機会がなくなってしまうかもしれない…と考えました。」

当時のことはよく覚えていない…というほどにハードな日々。
しかし、悔いのない両立生活を送ることができました。
石鍋さんは、「可能な限り人に頼った」と当時を振り返ります。
「できることをやればいい。そう思えたのは、ベトナムでの生活を経験したからかもしれません。」

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マネジメントにも女性活躍推進にも、もっと取り組んでいきたい!

マネジメントにも女性活躍推進にも、もっと取り組んでいきたい!

「マネジメントについてもっと取り組んでいきたい」ーー石鍋さんの、これからの目標です。
プロボノ活動などの社外での活動にも関心を持っています。
また、仕事と介護の両立時代に感じたのは、セルフマネジメントの大切さ。
「究極のマネジメントだと思っています。空きを作って、別のことにも取り組めるようにしていきたいです。」

そして、もう一つの目標についても聞かせていただきました。
「役職に就く女性を増やしたいんです。」
つい先日、石鍋さんに続き、ふたりめの女性の課長職が誕生しました。
しかし、会社全体での女性の割合は、3割。まだまだ、これからです。

感性を研ぎ澄ませ続けて誰より自分を信じる一方で、完璧を求めず人に頼ることも忘れません。

ライター:みねせりか グラフィックレコーディング:岸智子 インタビュアー:浦田有佳里